■大変化した日本の産業構造

2006年07月26日

六七ページのグラフをご覧ください。これは明治六年に実施された地租改正以来一三〇年間の第一次、第二次、第三次産業別の就業人口統計です。日本の産業構造は、明治維新以来、特に第二次大戦後大きな変化を遂げました。
 まず変化は第一次産業の占める割合の減少です。人口とは別にそれぞれがどのくらいの富を作り出したのかを見てみると、第一次産業は、二〇〇〇年にはGDPのわずか一・三%にまで低下しました。その一方で、重化学工業等の製造業を中心とした第二次産業は、一九六〇年代の高度経済成長期に大幅な伸びを示し、一九七〇年のピーク時にはGDPの四三・一%を占めるようになりました。
 しかし、七〇年代に入ると、エネルギー危機の影響を受けて石油の価格が急騰する一方で、環境問題に対する関心が高まったことなどによって、製造業は、それまでのエネルギー消費型の重化学工業から、労働効率が良く、付加価値の高い組立産業やハイテク産業へと重点が移されることになりました。
 それとともに、全産業における第二次産業の占める割合も徐々に減少に向かって、二〇〇〇年にはGDPに占める製造業の割合は二七・九%にまで落ち込み、政府が統計編纂を開始した一九五〇年以来最も低い数字にまで低落しています。
一方、こうした製造業の比率低下に対して急速に増加したのが卸売・小売業、サービス業、情報産業などの第三次産業です。この第三次産業は八〇年代に急速に増加しました。
 その背景には、コンピュータテクノロジー、バイオテクノロジー、環境関連ビジネスなどの新しい分野における目覚ましい技術革新があげられます。これによって、各種サービス産業の占める割合が拡大し、二〇〇〇年には、第三次産業はGDPの七〇・七%を占めるまでになり、過去最高となつています。
とりわけ、情報通信産業は急成長を見せ、あらゆる他産業をしのぐ勢いとなっています。その一方で、日本における第一次産業である農林水産業は、他の経済分野と比較して、その重要性が急速に減退しています。
 明治六年には八五%もいた第一次産業の労働人口は、昭和三五年でも労働人口の三二・六%雇用していました。しかし、日本の経済・産業構造が先端産業部門に移行していくにつれて、その数字は下降し続けています。事実、二〇〇〇年には、第一次産業の従事者は四・八%にまで落ち込んでいます。GDPに占める農業生産は、一九六〇年の九・〇%から二〇〇〇年の一・三%へと大幅に減少しました。また、農家の総世帯数も、二〇〇〇年二月時点では三一二万世帯となり、前年に比べて一一万九〇〇〇世帯も減少しています。また、その五二・九%が六五歳以上という、農業人口の高齢化が深刻な社会問題にまで
なっていることはご存知のとおりです。
 漁業も同じです。総労働人口に占める漁業就業人口の割合は六〇年には一五%を占めていたのが二〇〇〇年にはわずか〇・四%にまで減少してしまいました。

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