私は、「消費のための時間」を、「可処分時間」と呼んでいます。
消費を増やし経済を成長させる需要の一つとなる所得を経済学では「可処分所得」と呼んでいます。所得とはお金ですが、時間もまたお金といえます。
「時は金なり(Time is money)は古い格言です。私は小さい頃から、この格言をよく開かされたものでした。可処分所得を増やすためにはサラリーマンの場合、残業して長い時間働くか、いままでの仕事が認められ昇給するかのいずれかです。国民全体としては生産性が向上した結果でないと可処分所得が増えず、消費を増やせません。所得とは商品の生産のために費やされた時間がお金に変わったものなのです。物の経済ではお金さえ有ればほとんどすべての商品は買えました。
いまのデフレはお金が有っても「欲しい物がない」から不景気なのだといわれています。しかし、欲しい物はなくても「欲しい事」なら沢山あるはずです。欲しい物と欲しい事を手に入れるには可処分所得と可処分時間の両方が必要なのです。所得だけでは機能せず、貯蓄が増えるだけなのです。
ともあれ、「時は金なり」という古い格言を、なぜいまさら問題にするのか。
理由は以下の通りです。
「時は金なり」は、経済活動のあらゆる場面で、商品の生産、在庫、流通の各段階にしっかりと組み込まれています。事業経営の要素は人・物・金といいます。人の賃金は時間で計算し、時給・月給・年俸と職種や職能などさまざまですが、時間の長さで測る共通性があります。企業では物は買ったり所有すると一年以内のコストか、一年以上の経費かで計算の仕方が違います。損益計算書に計上するか、貸借対照表に載せるかの違いは物を償却する「時間の長さ」で判断します。お金は預けるときは年利換算で、借りるときは日歩です。商品の生産活動はすべて時間が価値、まさに「時は金なり」なのです。
ところが、商品の消費に時間の要素は考えられたことがありません。物の経済では、商品を買うのに必要なのはお金だけだと思われていたからです。時間は「あるのが当然」だと考えられてきました。人にとって時間の経済的な意味は、生産をするために働き、収入を得るために必要な手段だということだけだったのです。
「消費」が伸びれば景気が良くなるというのはいまの常識ですが、過去の経済の常識は違いました。二〇世紀後半、主流のケインズ経済学は、世界恐慌の経験から経済の成長は供給よりも有効な需要をつくり出すことで達成されるとしました。経済とは 「生産」 が増えることであり設備投資が伸び、そのための資本が活発に動けば景気が良くなると考えたのです。
日本の高度成長期とはそんな時代だったのです。しかしいま、その需要をどうしてもつくり出せません。だからこそデフレとなっているのです。
需要とは経済学で「投資+消費」と定義されています。投資は生産を増やすためのことですから、需要とは「生産+消費」でもあるのです。このデフレの原因は需要の不足にあると指摘されていますが、足りない需要が生産ではないことは明らかです。物の生産能力は余っています。消費を伸ばす事が今度のデフレ解決の最大の課題です。
物と事はうまくバランスがとれた時が一番大きな付加価値が生まれます。問題は、「事」の商品に対する消費カが足りず物の生産力自体も縮小してしまうことにあるのです。